国家の起源と戦争の理由は農業だった? (2)

農業の歴史

人類の歴史を変えた3つの力をプラウト主義で読み解く 

前回の続きです。

戦争と食糧 ― 二つの武器

― 兵を動かすのは剣か、それともパンか ―

「戦は兵糧なり」――これは日本の戦国時代に生まれた格言ですが、この言葉ほど戦争の本質を的確に表しているものはありません。
剣や銃を持っていても、食べるものがなければ兵士は戦えません。実は、戦場での武器と同じくらい、いえ、それ以上に「食糧」は重要だったのです。国家が戦争を遂行するには、まずその「胃袋」を支える農業の存在が不可欠でした。

この章では、戦争と食糧の関係、つまり農業がいかに戦争の武器と化してきたのか、そして食糧が人々を従わせるための「戦略的資源」として使われてきたかを紐解いていきます。

兵站(ロジスティクス)としての農業

戦争に勝つためには、兵士への補給が継続的に行われなければなりません。古代から現代に至るまで、戦争は「兵站(へいたん)」――つまり補給の戦いでもありました。

たとえばローマ帝国では、軍隊が移動中にもパンを焼く設備を持ち、食料供給のために道路網や穀倉地帯を整備していました。中国でも、漢や唐の時代に「屯田制(とんでんせい)」という制度が設けられ、兵士が自ら農業を行いながら戦地に駐屯する仕組みが作られました。

日本の戦国時代では、「まず田畑を押さえよ」と言われたように、戦の勝敗は兵力だけでなく、兵糧の確保にかかっていたのです。敵の城を包囲し、中にある食料が尽きるのを待つ「兵糧攻め」は、流血を最小限に抑えながら勝利を収める有効な戦略でした。ここに、農業と戦争の密接な関係を見ることができます。

戦時農業政策と総動員体制

近代以降、戦争は国家の総力を挙げた「総力戦」となり、農業も戦争遂行のために動員されるようになりました。特に第一次・第二次世界大戦では、前線で戦う兵士だけでなく、国内で農業に従事する人々も「もう一つの戦場」に立たされたのです。

日本では、昭和初期から戦時中にかけて「産めよ殖やせよ」「耕せ国土」といったスローガンのもと、農村は食糧増産を命じられました。徴兵で人手が不足した農村では、女性や子ども、高齢者までが田畑に出て作業を担いました。国家主導で海外に開拓団を送り込み、満州などでの農業開発を進めたのも、戦時体制下の農業政策の一環です。

アメリカでも「ヴィクトリー・ガーデン(勝利の庭)」運動が展開され、都市住民が空き地や自宅で野菜を育てることで、兵士への食料支援が行われました。農業は、国民の「義務」とされ、家庭の食卓が戦場と地続きであることを実感させる時代だったのです。

食糧封鎖と飢餓戦略

食糧は戦争を支えるだけでなく、敵を追い詰める「兵器」にもなりました。
歴史上、多くの戦争において、敵国への食料供給を絶つ「封鎖」や、民衆を飢えさせる「飢餓戦略」が採用されてきました。

ナポレオン戦争では、イギリスを孤立させるための「大陸封鎖令」が出されました。第一次世界大戦では、ドイツがイギリスによる海上封鎖で深刻な物資不足に陥り、多くの市民が飢餓に苦しみました。第二次世界大戦中のナチス・ドイツもまた、占領地の食糧を支配し、ユダヤ人やスラブ人を飢えさせることで、服従を強制しようとしました。

このように、戦争は単なる武力の衝突ではなく、「食」をめぐる情報戦・経済戦・心理戦でもあったのです。

食料自給率と国家安全保障

現代においても、戦争と農業の関係は決して過去の話ではありません。
多くの国が「食料自給率」を国家安全保障の観点から重視しています。戦争や経済制裁が起きたとき、海外に依存した食料供給はすぐに危機的状況に陥るからです。

たとえば日本は、2024年度の食料自給率は38%(カロリーベースによる試算)とされており、有事の際には輸入に頼れなくなるリスクが高い国です。食料の安定供給は、もはや経済政策の範囲にとどまらず、安全保障の最重要課題として扱われています。

現代の食糧支配と見えない戦争

21世紀に入ってからも、農業と戦争の関係はより複雑な形で続いています。
ウクライナ戦争では、世界有数の穀倉地帯である黒海周辺の不安定化が、国際的な小麦価格の急騰を招き、アフリカや中東で深刻な食料不足を引き起こしました。

また、アメリカやEU諸国は、自国の農業保護政策や農業技術を通じて、経済的影響力を他国に及ぼしています。食料支援や農産物の市場支配は、武力によらない「静かな戦争」の手段とも言えるでしょう。

このように見ていくと、農業とは単なる生活の手段ではなく、常に国家戦略の中核を担ってきたことがわかります。
食べ物は、人を生かすものであると同時に、人を従わせる力でもあるのです。
国家が戦争を遂行するためには、まず「農民」が必要であり、そしてその農業を管理・統制することで、国家は人々の命と自由をもコントロールしてきました。

農業の工業化と国家の再編

― 土から遠ざかる農業、人から遠ざかる国家 ―

20世紀に入り、農業は大きな転換点を迎えました。
それは、「農業が工業になった時代」とも言える変化です。トラクターが畑を走り、化学肥料や農薬が土を管理し、種子までもが企業の特許商品となっていきました。農業は「自然と共にある営み」から、「効率と利益を追求する産業」へと変貌していったのです。

この農業の変質は、国家の在り方にも大きな影響を与えました。農村共同体の崩壊、農民の減少、都市への人口集中、そして企業による食料支配――。ここでは、農業の工業化が社会と国家に与えた影響を見ていきます。

グリーン革命と大量生産の時代

1950年代から1970年代にかけて、世界中で「グリーン革命」と呼ばれる農業の近代化が進められました。
とくに発展途上国においては、高収量品種の導入、化学肥料や農薬の使用、灌漑設備の整備、農業機械の導入が一気に進められました。

この革命によって、たしかに一時的には食料生産量が飛躍的に増加し、飢餓の軽減に寄与しました。
しかしその一方で、次のような深刻な副作用も生まれました。

  • 小規模農家の淘汰:高価な農機具や化学資材を買えない農民は競争に負け、土地を手放しました。
  • 環境破壊:化学物質の過剰使用により、土壌が劣化し、水質汚染や生態系の破壊が進みました。
  • 企業依存の構造:種子や農薬が多国籍企業に独占され、農民は自立を奪われました。

農業は、自然との共生から遠ざかり、「石油と化学と資本」によって成り立つ、産業の一部となってしまったのです。

国家による農業政策の変容

農業の工業化と並行して、国家の農業政策も大きく様変わりしました。
かつて国家は、農業を国民生活の基盤と捉え、保護の対象として重視していました。しかし、グローバル競争と市場経済の論理が優先されるにつれ、農業政策は「効率化」「競争力の強化」に主軸が移っていきました。

たとえば日本では、戦後の農地改革で多くの自作農が生まれ、一時は農業が国家の中心的役割を果たしました。
しかし高度経済成長とともに都市化が進み、農村は急速に過疎化し、農業は「儲からない産業」と見なされるようになっていきます。

やがて農政は、「大規模化」「法人化」を奨励する方向へと転換され、小規模・家族農業は衰退の一途をたどりました。農業は「食を支える営み」ではなく、「経済成長の妨げ」として扱われるようになったのです。

農村社会の崩壊と共同体の解体

農業の産業化は、農村社会そのものを根底から揺るがしました。
かつて農村には、「共に耕し、共に生きる」共同体がありました。季節の祭り、助け合いの風習、自然と調和した暮らし。これらはすべて、農業の営みによって支えられていました。

しかし、機械化と都市化の進行により、若者は農村を離れ、集落は崩壊していきました。田畑は放棄され、家は空き家となり、地域の記憶や文化もまた失われていきます。農業が「工業化」されたことで、人と人、人と土地との結びつきが断ち切られていったのです。

こうして「農」が衰退したとき、同時に「国家」もまたその根を失いました。国家が守るべきだったのは、土地と人のつながりであったはずです。しかしその結び目は、経済合理性の名のもとに切り離されていったのです。

食と農のグローバル支配

21世紀に入り、グローバル経済の波が農業にも大きく押し寄せています。
自由貿易協定や国際競争の激化により、各国の農業は「市場原理」に巻き込まれ、価格競争と大量流通の論理に支配されるようになりました。

その結果、世界各地で次のような事態が起こっています。

  • 地元の農産物が安価な輸入品に押されて壊滅する
  • 多国籍企業による農地の買収(ランドグラブ)が進む
  • 種子や技術が企業の特許となり、農民が依存させられる
  • 投機マネーによる食料価格の乱高下が起こる

このような中で、国家は農業に対する統制力を失い、農民は経済的にも文化的にも自立を奪われてしまいました。

かつて国家と農業の間にあった「守る/守られる」という関係は、すでに過去のものとなり、今では「共にグローバル資本に依存する脆弱な関係」へと変質してしまったのです。

農業の工業化は、単なる技術革新の問題ではありません。それは、国家の姿、社会のしくみ、人間の生き方を根本から変えてしまう出来事でした。

そしてその帰結は、「人間が自然から、共同体から、自分の食卓から、そして国家からも切り離される」という深い孤立をもたらしました。

プラウト主義とは何か

― 経済と倫理を結び直す、新しい社会の羅針盤 ―

国家が肥大化し、戦争が日常化し、農業が企業の手に委ねられ、私たちは自分たちの「食」からも「土地」からも遠ざかっています。
では、このような現代社会において、私たちはどこに希望を見出せばよいのでしょうか。

その問いに対して、一つの明確な方向性を示してくれる思想があります。
それが「プラウト主義(PROUT:Progressive Utilization Theory)」です。

プラウト主義は、インドの思想家プラブハート・ランジャン・サルカール(1921〜1990)によって提唱された、新しい社会経済のビジョンです。単なる経済学ではなく、政治、教育、文化、倫理、環境といったさまざまな側面にまたがる、包括的な思想体系となっています。

プラウトの五つの基本原則

プラウト主義には、社会運営の基本方針として、以下の五つの原則があります。

  1. すべての資源は全人類の共有財産であること
  2. 資源は最大限に無駄なく活用されるべきこと
  3. 分配は地域のニーズと公平性を重視すること
  4. すべての人の基本的な生活ニーズが保障されること
  5. 倫理的なリーダーが社会を導くべきこと

これらの原則は、国家や資本による独占を否定し、人間中心の経済と倫理的な社会を目指しています。プラウト主義では、経済が政治から独立し、地域の人々の手にあるべきだと考えられているのです。

プラウト主義における農業観

プラウト主義において、農業は単なる産業ではなく、社会の根幹を成す営みとして位置づけられています。サルカールはこう語っています。

「農民が尊敬されない社会に、持続可能な繁栄は存在しない。」

プラウト主義では、次のような農業のあり方が理想とされています。

  • 小規模で分散型の、地域に根ざした自給的農業
  • 土地は個人の私物ではなく、地域社会全体の共有財産
  • 農業は人間の精神的・文化的成長を支える営み
  • 農民はもっとも尊敬されるべき労働者

このように、プラウトは農業を「命を育てる仕事」として深く重視しており、生産性や効率よりも「人間らしさ」や「自然との共生」を大切にしています。

国家と戦争に対するプラウトの視点

プラウト主義は、中央集権的な国家を否定し、地域に分権化された連邦型の社会を理想としています。経済や農業、教育、福祉などは、地域ごとに自律的に運営されるのが望ましいとされています。

また、戦争についてもプラウトは明確に否定的です。
国家や企業の利権のために起こされる戦争は、人道的にも倫理的にも間違っており、それに代わるものとして「協力と分配」に基づく平和経済の構築を提案しています。

軍事費に費やされている膨大な資金を、農業や教育、医療、環境保護に振り向ければ、社会はより安定し、人々は本当の意味で安心して暮らすことができるはずです。

プラウト主義が描く未来社会のビジョン

プラウト主義が目指しているのは、「物質的にも精神的にも豊かで、すべての人が尊重される社会」です。そこには、次のような未来像が描かれています。

  • 地域ごとに経済が自立し、農業が再評価される
  • 教育は競争ではなく、人間性の成長を育むものとなる
  • 生産と消費のあり方が自然との調和を基礎に構成される
  • 国や民族の壁を越えた協力と共生が実現する
  • 倫理的で奉仕精神に満ちたリーダーが社会を導く

このように、プラウト主義は「国家・戦争・農業」という三つのキーワードを新たに結び直し、人間と自然が再び調和して生きられる社会を構想しているのです。

私たちはこれまで、国家が農業を支配し、農業が戦争を支え、そのすべてが民衆の暮らしを縛ってきた歴史を見てきました。しかし、そうした負の連鎖を断ち切るためには、まったく新しい視座と価値観が必要です。

プラウト主義は、そのヒントを与えてくれます。

国家は誰のためにあるのか。
戦争は本当に避けられないのか。
農業とはただの「食料生産」なのか――

こうした根本的な問いに、プラウト主義は静かに、しかし力強く「人間の尊厳」「倫理の復権」をもって応えてくれるのです。

プラウト主義から見た理想の国家と農業

― 自立する地域、尊厳ある農、そして争いのない社会へ ―

これまで見てきたように、農業は国家の誕生を支え、国家は農業を統制し、戦争はその構造を加速させてきました。現代に至るまで、これら三者は複雑に絡み合い、社会全体に大きな影響を与え続けています。

では、これから私たちはどのような国家、どのような農業、そしてどのような社会を築いていくべきなのでしょうか。
その問いに対し、プラウト主義(PROUT)は明確な指針を提示しています。

地域経済に根ざした自立型の国家へ

プラウト主義の中心には、「地域の自立」という考え方があります。国家は、巨大な中央集権型の組織ではなく、文化・言語・自然環境・歴史を共有する小さな地域単位で自律的に運営されるべきだと考えます。

それぞれの地域では、次のような経済的・政治的な主権が保証されます。

  • 食料、エネルギー、生活必需品を地域内で生産・供給できる仕組み
  • 地域住民による資源の共同所有と管理
  • 地域に合った教育・医療・福祉の制度設計
  • 協同組合型のビジネスが地域内で循環する経済

このようなモデルにおいて、中央政府は最小限の調整役にとどまり、地域同士が対立ではなく共存・協力の関係を築いていくのです。

農業はもっとも尊敬される職業に

プラウト社会において、農業は経済の基礎であると同時に、自然との共生や人間の精神的成長を支える営みとして高く評価されます。

理想的な農業のあり方は次のように描かれています。

  • 農民は土地の所有者ではなく、守り人(スチュワード)としての役割を担います
  • 土地は個人の所有ではなく、地域共同体の資産として扱われます
  • 種子や水などの資源は全人類の共有財産とされ、企業の独占は禁じられます
  • 農業技術は地域の文化と調和し、持続可能性が最優先されます
  • 食料は単なる商品ではなく、命を支える公共財として扱われます

このような社会では、農業に従事する人々は尊敬され、高い報酬と誇りを持って暮らすことができます。

戦争を前提としない安全保障のしくみ

プラウト主義は、戦争は資源の独占と格差から生じるという立場をとります。
したがって、戦争を回避するためには、国際社会が協力して「奪い合い」ではなく「分かち合い」の仕組みを作る必要があると考えます。

具体的には次のような構造が提案されています。

  • 各地域が経済的に自立し、他国に過度に依存しないこと
  • 重要資源(食料、水、エネルギーなど)の国際的な共有管理
  • 倫理に基づいた国際政治と透明性ある経済協力
  • 軍事費を縮小し、農業・教育・医療など平和的分野へ再分配

平和は武力によって維持されるものではなく、公平な分配と信頼によって築かれるという考え方が根底にあります。

経済は「人間の成長を支える仕組み」に

プラウトでは、経済は「利潤の追求」ではなく、「人間の成長と福祉の実現」のためにあるとされています。国家の役割も、国民を管理することではなく、その可能性と幸福を支えることにあります。

理想の国家では、次のような価値が実現されます。

  • すべての人が衣食住・教育・医療を無条件に保障される
  • 個々の能力に応じた仕事の機会と社会参加が保証される
  • 環境と倫理を基準に経済活動が評価される
  • 道徳性・知性・奉仕精神のあるリーダーが社会を導く
  • 人間の多様な価値が尊重され、文化的・精神的豊かさが育まれる

農業はそのなかで、人間と自然のつながりを回復する「再生の場」として機能します。
農村は未来の遺産であり、持続可能な文明の中心になるのです。

すべての人が「尊厳ある生」を送れる社会へ

プラウトが目指す社会は、一部の勝者が豊かになる競争社会ではありません。
すべての人が、自分の存在に意味を感じ、社会に貢献できる、そんな共生の場をつくることが目的です。

そのために、国家、農業、経済、教育、文化すべてが、人間の尊厳を中心に据えて再構成されるべきだと説いています。

プラウト主義は、「国家」「戦争」「農業」のゆがんだ関係を再編し、持続可能で平和な社会を築くためのひとつの可能性です。人間が人間らしく、自然とともに生きられる世界を実現するために、私たちは今こそ新しい価値観と仕組みを選び取る時に来ているのではないでしょうか。

終わりに ― 持続可能な社会のために

― 過去から学び、未来を耕すために ―

「国家」「戦争」「農業」――
この三つのテーマは、歴史の中で互いに深く絡み合い、人類の運命を左右してきました。

国家は農業によって生まれ、農業は戦争によって荒らされ、戦争は国家の秩序と農の営みを揺るがしてきました。そして現代に至ってもなお、この三者の関係は根本的に変わっていないように見えます。

農業は国家の根幹であるにもかかわらず、工業化とグローバル化の名のもとに企業と国家によって操作され、農民は生活の基盤を奪われ、地域は疲弊し、食の安心は失われつつあります。国家は「民のため」にあるはずが、ときに支配と管理の装置となり、戦争は依然として「経済の手段」として温存されています。

このような時代において、私たちは何をどう変えていけばよいのでしょうか。

今、必要なのは「意識の転換」です

持続可能な社会への第一歩は、テクノロジーでも制度でもなく、私たち一人ひとりの意識の転換です。

国家を「上から与えられるもの」ではなく、「下から築くもの」として捉えること。
農業を「古い仕事」ではなく、「未来を育てる道」として見直すこと。
戦争を「避けられない現実」ではなく、「構造的に排除すべき問題」として認識すること。

この意識の転換こそが、社会構造の転換につながっていくのです。

小さな実践が未来を変えていきます

プラウト主義が提唱するのは、壮大な理想社会の青写真であると同時に、今ここから始められる「小さな実践」でもあります。たとえば――

  • 地元の農産物を選ぶこと
  • 家庭菜園を始めてみること
  • 地域の農家とつながること
  • 食やエネルギーの「地産地消」を意識すること
  • 自治・協同・相互扶助を大切にすること
  • 政治や経済に倫理と奉仕の視点を求めること
  • 「消費者」から「生産者的生活者」へと意識を変えていくこと

これらは小さな行動かもしれません。
しかし、そうした行動の積み重ねこそが、「新しい社会の土壌」となっていきます。

理想は遠くにあってよいのです

もちろん、すぐにプラウト社会が実現するわけではありません。
理想はいつも現実より遠く、そしてときに険しいものです。

けれども、理想があるからこそ、私たちは前に進むことができます。
明確な「ゴール」があることで、今の「方向性」を問い直すことができます。
プラウト主義は、その「理想の地図」であり、「希望の光」でもあるのです。

未来を耕すということ

農業とは、「未来を耕すこと」でもあります。
土を育て、種をまき、時を待ち、やがて実りを得る――そこには、「自然との対話」も、「共同体との協力」も、「人間の節度」も含まれています。

今、私たちは文明の曲がり角に立っています。
奪い合い、支配し合う社会から、分かち合い、支え合う社会へと――
国家の役割、戦争の構造、農業のあり方を問い直すことは、すなわち「人間の生き方そのもの」を問い直すことなのです。

この問いに、私たち一人ひとりがどう応えるのか。
その答えが、これからの社会を形づくっていきます。

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