光合成・根・水・栄養の仕組みを初心者にもわかりやすく解説
植物生理学が“栽培の質”を決める

植物を育てるという行為は、一見すると「水をやり、日当たりのよい場所に置く」だけのシンプルな作業に見えます。しかし、実際にはその背後に、植物の体内で繰り返されている精密な生命活動があります。根がどのように水と養分を吸い上げているのか、葉がどうやって光をエネルギーに変えているのか、夜のあいだ植物の中では何が起きているのか――。こうした“植物の仕組み”を理解することこそ、植物生理学の目的です。
植物生理学は、農業現場のあらゆる判断に関わります。たとえば、潅水タイミングを間違えると根が酸欠になり、蒸散が止まり、葉が萎れてしまいます。光量が不足すれば光合成が低下し、徒長が起こります。気温が高すぎれば植物の呼吸量が増え、貯めた糖が減ってしまいます。こうした現象は「経験則」でもある程度は理解できますが、植物生理学を知っているとその理由がはっきり見え、トラブルを未然に防げるようになります。
特に最近の農業は、科学的な管理が求められる時代になりました。温度・湿度・CO₂濃度・光量・土壌水分など、環境データを数値で把握し、植物が最も心地よく生きられる条件を整えてあげることが収量や品質を左右しています。高糖度トマト農家が「光と水の管理」を極めようとするのも、生理学の理解が収量や糖度に直結するからです。
とはいえ、植物生理学は決して“専門家だけの学問”ではありません。むしろ家庭菜園や趣味の園芸こそ、この知識が大きな力になります。植物がどう呼吸し、どう栄養を運び、どう環境に反応しているのかを知るだけで、植物の見え方が変わり、日々の作業に「理由」が生まれます。水をあげる理由、肥料をやる理由、植え替える理由――それらが“根拠ある行動”に変わることで、誰でも安定して植物を育てられるようになります。
植物生理学の魅力は、「植物は静かに生きているように見えて、実は絶えず情報交換をしながら活動している」という事実を教えてくれることです。根は土壌中の微生物と養分をめぐって交渉し、葉は光の強さを判断して気孔を開閉させ、茎はホルモンを使って成長方向を調整しています。植物は動物のように移動できない代わりに、環境を敏感に読み取り、体内のシステムを巧みに変化させて生きています。
それを知ると、植物はただの“緑のオブジェ”ではなく、精巧な生命体であることに気づきます。
このブログでは、植物の体の基本構造から、光合成・呼吸・ホルモン・水分生理・栄養生理、さらにはストレス応答や生理障害までを、できるだけやさしい言葉で解説していきます。農家の方には日々の管理の理解が深まり、家庭菜園の方には失敗が減り、植物が好きな方には“生命の仕組みの面白さ”を感じてもらえる内容にしていきます。
植物の仕組みがわかると、観察力が変わり、栽培の質が変わります。そして何より、植物への尊敬と愛情が深まります。
植物生理学という“生命の教科書”を、いっしょに紐解いてみましょう。
植物の体はどうできているのか

植物は、動物のように移動はできません。しかしその代わりに、「根・茎・葉・花・果実・種子」という極めてシンプルな構造の中に、生命を維持するための驚くほど精巧な仕組みを備えています。これらを理解することは、栽培の成功率を大きく高める第一歩です。この章では、植物の体のつくりと働きを、やさしく、しかし科学的にしっかりと解説していきます。
植物の体をつくる“細胞”の構造
植物は無数の細胞の集まりです。動物と違う最大の特徴は「細胞壁」をもっていること。細胞壁は硬い殻のように細胞を包み、植物の体を支える骨格のような役目を果たします。また、植物細胞には「葉緑体(クロロプラスト)」があり、ここで光合成が行われています。葉緑体は光を吸収し、二酸化炭素と水を材料に糖を作り出す“エネルギー工場”です。
もうひとつ重要なのが「液胞(えきほう)」。細胞内の大部分を占める袋で、水や栄養、有害物質を貯蔵したり、細胞の張り(膨圧)を保ったりする働きがあります。植物がシャキッと立っていられるのは、この液胞が水分をたっぷり含んで細胞を押し広げているからです。
細胞はそれぞれ専門的な働きをもち、根・茎・葉という器官を形づくっています。
根 ― 植物の“命綱”
根は、植物の生命活動を支える最重要器官のひとつです。
● 吸収のしくみ
根の先端には、細かい“根毛(こんもう)”と呼ばれる毛のような部分があります。この根毛が土粒子に密着し、そこから水と無機栄養を吸い上げます。吸収は浸透圧によって自然と行われます。しかし、ただの“スポンジのような働き”ではなく、細胞膜を通して選択的に行われています。必要な栄養は取り込み、有害なものは取り込まない――根はまるで“フィルター”のような役目を果たします。
● 根圏微生物との共生
根の周りには多くの微生物が住んでおり、これを「根圏(こんけん)」と呼びます。植物は根から糖やアミノ酸を“餌”として放出し、微生物はそれを分解して栄養を供給したり、病原菌を抑えたりします。
根と微生物は“取引”をしていると言ってもよいほど密接で、この関係を利用すると健全な土づくりにつながります。
● 根の呼吸
根も呼吸をしています。呼吸には酸素が必要です。過湿状態が続くと根が酸欠になり、吸収能力が落ちて根腐れにつながります。水やりの失敗が致命傷になるのは、この“根の呼吸”のしくみが関係しています。
茎 ― 水と養分を運ぶ“物流路”
茎は、植物の体を支えながら、水や養分を根から葉へ、葉でつくられた糖を果実や根へ運ぶ通路として働きます。
● 維管束の構造(道管・師管)
茎の中には「維管束(いかんそく)」と呼ばれる管の束が走っています。
・道管:根からの水と無機養分を上方向に運ぶ
・師管:葉でつくられた糖を全身に運ぶ
この物流システムがスムーズに働くことで、植物全体に栄養がいきわたり、成長が促進されます。
● 植物はどうやって立っているのか
植物は骨を持ちませんが、細胞の壁(セルロース)が強靭で、内部の水圧(膨圧)によって姿勢を維持しています。水切れすると急にしおれるのは、まさに膨圧が失われるからです。
● 茎は環境に合わせて形を変える
光が足りないと徒長し、光が強いと太く短く育ちます。
風を受けると強くなり、揺れが刺激となって機械的ストレスに耐える構造を作り出します。
“動けないからこそ、環境に合わせて形を変える”――これが植物の賢さです。
● ホルモンの通り道としての茎
茎は、植物ホルモンが移動する主要ルートでもあります。
たとえば、頂端(先端)の成長点で作られるオーキシンは茎を通って下へ流れ、その濃度分布によって「わき芽が伸びる・伸びない」が決まります。
トマトの栽培で“脇芽かき”が重要とされるのは、まさにこのホルモン分布のしくみが理由です。
葉 ― 光合成と蒸散の“生命工場”
葉は植物の生命活動の中心です。
● 光合成の舞台
葉の内部には無数の葉緑体が並び、光エネルギーを吸収して糖を作ります。葉の角度、厚さ、表面の構造はすべて効率よく光を利用するためにできています。
● 蒸散の役割
葉の裏側には「気孔」という小さな穴があり、ここから水分を蒸発させています。蒸散はただ水を失う行為ではなく、
・根から水を吸い上げる“吸水ポンプ”
・葉の温度を下げる“冷却システム”
という重要な役割を持ちます。
● 気孔の開閉
気孔は光や湿度、CO₂濃度、温度などを感知して自動的に開閉します。例えば乾燥ストレスがかかると気孔が閉じ、蒸散を抑えて水分を保とうとします。この気孔の開閉が光合成速度を大きく左右するのです。
花と果実 ― 次世代を残すための洗練された仕組み
花は植物の生殖器官です。
虫を誘うための鮮やかな色、香り、蜜。
これらはすべて、受粉のために進化した戦略です。
● 受粉から結実までのプロセス
- 花粉が雌しべにつく
- 花粉管が伸びて胚珠へ到達
- 受精が起きる
- 子房が膨らんで果実になる
- 種子が成熟する
果実の甘さ、色、香りは、動物に「食べてもらい、種を運んでもらう」ための誘引戦略です。植物は自ら動けない代わりに、実に洗練された方法で次世代を拡散してきました。
種子 ― 未来を託す「生命のタイムカプセル」
種子は、植物の遺伝情報のすべてを詰め込んだ“休眠状態の生命”です。
● 発芽に必要な条件
- 水
- 適切な温度
- 酸素
- 光 or 暗闇(種によって異なる)
これらの条件が整うまで、種子は何年でも、種類によっては何百年でも眠り続けることができます。
● 発芽という奇跡
水を吸うと、保存されていた酵素が活性化し、澱粉や脂肪を分解してエネルギーをつくり出します。
やがて芽が伸び、根が伸び、再び光合成できる“完全な生命体”へと成長していきます。
種子は、植物が未来に託した「高度にデザインされた装置」なのです。
まとめ:シンプルだが完璧な設計
植物の体は一見単純ですが、その仕組みは驚くほど合理的で美しいものです。
- 根は水と養分を吸い上げ
- 茎がそれを運び
- 葉がエネルギーをつくり
- 花と果実が命をつなぎ
- 種子が未来に残す
この完璧なシステムを理解するほど、植物を見る目が変わり、栽培は確実に上達します。
光合成 ― 植物を動かす“究極のエンジン”

植物が生きるためのエネルギー源は「光」です。
動物は食べ物を食べてエネルギーを得ていますが、植物は太陽の光を受け取り、それを自分の体の中で化学エネルギーに変換して生きています。この仕組みが光合成です。光合成は植物生理学の中心テーマで、栽培における生育・収量・糖度のすべてに影響を与えます。
ここでは、光合成の基本メカニズムから、農家や園芸の実践に役立つポイントまでを、わかりやすく整理して解説します。
光合成とは何か ― 光を“食べ物”に変える仕組み
光合成は、以下のシンプルな式で表されます。
二酸化炭素(CO₂)+水(H₂O)+光 → 糖(グルコース)+酸素(O₂)
植物は葉緑体の中でこの反応を行い、糖をつくり、それをエネルギーとして利用します。この糖が果実や根に送られることで作物が育ちます。高糖度トマトが甘くなる要因のひとつは、この「同化産物(糖)」の蓄積量が多いからです。
光合成はふたつの段階に分けて理解すると分かりやすくなります。
明反応 ― 光をエネルギーに変換するステージ
光合成の前半部分が「明反応」です。
明反応は名前のとおり、光があるときだけ起こる反応です。
● 光のエネルギーを吸収する
葉緑体の中のクロロフィルが光を受け取ることで、電子が励起し、そのエネルギーを使ってATPやNADPHといった化学エネルギーが作られます。これらは後半の暗反応で使用される“電池”のようなものです。
● ATP・NADPH
ATPとNADPHは、植物が光合成で“糖をつくるため”に使う2つの道具です。
- ATP:反応を動かすための「エネルギーの電池」
- NADPH:糖をつくる材料(電子と水素)を運ぶ「運搬トラック」
どちらも太陽の光を使う“光反応”でつくられ、そのエネルギーと材料を使って、植物は空気中のCO₂から糖をつくります。
つまり、ATP=力、NADPH=材料運びと思うと理解しやすいです。
● 光の質と量が重要
光には波長があります。植物が最も効率よく利用するのは、
・青色光(450nm前後)
・赤色光(660nm前後)
の二つです。LED栽培がこの波長に合わせて調整されているのはそのためです。
光量(光の強さ)が足りないと、明反応で作られるエネルギーが不足し、光合成全体が低下します。逆に光が強すぎると葉がストレスを感じ、光阻害を起こすこともあります。
暗反応(カルビン回路) ― CO₂を“糖”に変えるステージ
光合成の後半は「暗反応」と呼ばれますが、決して“暗闇でしか起こらない反応”ではありません。
正確には「光を必要としない反応」であり、明るいときも常に働いています。
● CO₂を固定して糖をつくる
大気中の二酸化炭素は、葉の気孔から取り込まれ、カルビン回路と呼ばれる一連の反応の中で糖へと姿を変えます。このとき、明反応でつくられたATP・NADPHが使用されます。
● CO₂濃度が光合成速度のカギ
ハウス栽培の現場で「CO₂施用」が行われる理由はここにあります。
CO₂が多いほどカルビン回路がスムーズに回転し、光合成速度が向上します。一般に外気は400ppm前後ですが、ハウス内を1,000ppm前後にすると生育が大きく改善します。
光合成を左右する三大要因:光・温度・CO₂
光合成速度は、次の3つの環境要素で決まります。
● ① 光
光量が増えるほど光合成は増えますが、ある程度の強さになると「光飽和点」に達し、それ以上増えません。逆に光が少なすぎると光合成は低下し、徒長が起こります。
● ② 温度
光合成は温度に大きく左右されます。
・温度が低すぎる → 酵素反応が低下
・温度が高すぎる → 呼吸が増えて光合成量が相殺される
特に夏、高温でトマトの糖度が上がりにくいのは「呼吸が増える」ためです。植物は夜間も呼吸で糖を消費するため、夜温が高いほど糖が減少します。
● ③ CO₂
CO₂が不足すると、どれだけ光があっても光合成は伸びません。
光・温度・CO₂の三つがバランスよく整ったとき、光合成は最大化します。
光ストレスと光補償点・光飽和点
植物は光が弱すぎても強すぎてもストレスを受けます。
● 光補償点
光合成で作る糖と、呼吸で使う糖が“ちょうどゼロになる”光の強さ。
曇りの日や夕方に近づくと、光合成はほとんど進まなくなります。
● 光飽和点
光合成が頭打ちになる光の強さ。
それ以上の光を与えても効率は上がらず、光阻害を招くこともあります。
ハウス栽培では、この補償点~飽和点の間に環境を保つことで、光合成効率を最大化できます。
トマト栽培から見た光合成の“実践ポイント”
光合成の理解は、トマト栽培の質を大きく変えます。
● 葉が健康なほど光合成能力が高い
黄化・病気・老化した葉は光合成能力が低下するため、適度な葉かきが重要です。
● 果実肥大期は光と葉面積がカギ
果実が急速に膨らむ時期には、葉で作られた糖が大量に必要です。
● 夜温が高いほど糖が減る
夏に糖度が上がらない最大の理由は「呼吸量の増加」。
夜温管理が糖度を左右します。
● CO₂施用の効果は非常に大きい
CO₂不足は光合成のボトルネックになりやすいため、密閉性の高いハウスほど有効です。
まとめ ― 光合成を理解すると栽培が変わる
光合成はただの“生物学の知識”ではなく、栽培管理そのものです。光の量、葉の状態、CO₂、温度、潅水――すべてが光合成の成否を決めています。植物のエンジンである光合成を理解すると、栽培の“状態の良し悪し”が驚くほど見えるようになり、生育診断力も一気に上がります。
呼吸とエネルギー代謝 ― 夜の植物に何が起きているのか

植物は「光合成で糖をつくる」だけでは生きていけません。
作られた糖を分解してエネルギーに変換し、成長・修復・吸収・代謝など、あらゆる生命活動を支えているのが呼吸です。
呼吸は植物が生きるための“エンジンの燃焼”のようなもので、昼夜を問わず常に働き続けています。
植物の呼吸を理解すると、夏に甘さが乗りにくい理由、夜温管理の重要性、収穫後の果実の扱いなど、数多くの栽培判断が一気にクリアになります。
植物が行う「呼吸」とは何か
「呼吸」というと、人間が空気を吸って吐くイメージがありますが、植物の呼吸は細胞レベルの代謝反応です。
糖(グルコース)+酸素 → 二酸化炭素+水+エネルギー(ATP)
光合成で作った糖をミトコンドリアが分解し、植物はそのエネルギー(ATP)を使って生きています。
● 根が伸びる
● 葉が開く
● 果実が膨らむ
● 細胞が修復・更新される
これらはすべて「呼吸」で生み出されたエネルギーによるものです。
呼吸と光合成の“関係性”を理解する
光合成は「貯金」、呼吸は「引き出し」です。
1日にどれだけ糖を貯金できるかは、以下の式で決まります。
純同化量 = 光合成量 - 呼吸量
どれほど光合成が進んでも、呼吸量が多いと糖は残りません。
特に夜間は光合成が止まり、呼吸だけが続くため、
● 夜温が高いほど糖が消費され、果実の甘さが下がる
● 夏の果実が硬くなりやすい・酸味が弱くなる
などの現象が起こります。
トマト農家が「夜温を抑えたい」と考えるのは、この“夜間呼吸”が品質を左右するからです。
ミトコンドリア ― エネルギー工場の働き
呼吸の中心となるのが細胞内のミトコンドリアです。
ミトコンドリアは光合成とは別の場所にあり、糖を分解してATPという“生命の通貨”をつくり続けています。植物はこのATPを使って、
● 栄養吸収(根)
● タンパク質の合成
● 細胞の修復
● 果実の肥大
● ストレス耐性
などの生命活動を維持しています。
ミトコンドリアの働きが低下すると、生育が鈍り、果実の肥大も遅れます。
高温下で呼吸が増える ― 夏のトマトが甘くならない理由
呼吸は温度の影響を強く受けます。
一般に、温度が10℃上がると呼吸速度は約2倍になると言われています。
夏の夜温が高いと、
● 呼吸が増え → 糖が急速に消費される
● 光合成の“貯金”が追いつかない
● 結果として果実の糖度が上がらない
という現象が起こります。
これは農業現場では「夜温障害」「高温期の糖消耗」と呼ばれる現象で、夏の栽培管理で最も重要な視点のひとつです。
呼吸は生育ステージで変化する
呼吸量は一定ではなく、植物の状態によって大きく変化します。
● ① 幼苗期
細胞分裂が盛んなため、呼吸量は高く、生育が早い。
● ② 成熟した葉
光合成能力が高く、呼吸量は安定。
● ③ 果実肥大期
果実自身も呼吸するため、全体の呼吸量が増える。
● ④ 老化葉
呼吸能力が落ち、光合成能力も低下。
不要な葉かきが大切な理由です。
収穫後も続く“後呼吸”
収穫した後の果実も呼吸を続けています。
この現象を「後呼吸(こうこきゅう)」と呼びます。
● 呼吸が強い果実は日持ちが悪い
● 温度が高いと呼吸が増え傷みやすい
● 低温管理は鮮度を保つ基本
収穫後の扱いにも植物生理学が大きく関わっています。
栽培への応用 ― 呼吸を理解して管理を最適化する
呼吸を理解すると、日常の栽培判断がぐっと論理的になります。
● 夜温を下げる → 糖の消耗を抑える
● 過度な施肥で過繁茂すると呼吸量が増え、糖が果実に回らなくなる
● ストレスが多いほど呼吸が増え、同化産物が減る
● 収穫後は低温で呼吸を抑える
● 適度な葉数を保つことで、光合成と呼吸のバランスが最適化される
“光合成を増やすこと”と同時に、“呼吸を増やしすぎないこと”が高品質栽培には欠かせません。
まとめ ― 夜の植物を理解することで見えてくるもの
光合成は「植物に与える力」、呼吸は「植物が使う力」。
この二つのバランスこそが生育と品質を左右する核心です。
呼吸のしくみを知ると、
● 温度管理
● 葉数管理
● ストレス軽減
● 収穫後の保存
など、あらゆる場面で正しい判断ができるようになります。
植物は夜に“静かにエネルギーを燃やして生きている”。
そのことを理解すると、栽培の視点はまた一段と深まります。
水分生理 ― 植物の90%は“水が運ぶ”

植物の体の大部分は水で構成されています。
体を支え、栄養を運び、温度を調整し、細胞を膨らませる――植物が生きるためのほぼすべての機能は「水」に依存しています。水分生理を理解することは、潅水の判断だけでなく、根腐れ・乾燥ストレス・肥料吸収・果実品質など、栽培全体の質を左右します。
水は植物の体の中でどのように動き、どんな役割を果たしているのか。ここではその基本をやさしく解説します。
水の三つの役割 ― 植物の生命活動の中心
植物にとって水は“ただの水”ではありません。
以下の3つの役割を果たしています。
① 膨圧をつくり、姿勢を保つ
細胞内の液胞に水が満たされることで細胞は膨らみます。
この膨圧(タ―ガー圧)が植物を“シャキッ”と立たせる力です。
水が不足すると、
・細胞がふくらまず
・葉が垂れ
・萎れ
という現象が起こります。
② 物質輸送(道管・師管の流れ)
水は根から吸い上げられ、道管を通って葉まで運ばれます。
同時に、養分(肥料のイオン)も水と一緒に移動します。
「肥料は水に溶けないと吸えない」というのは、水分生理に基づく基本です。
③ 温度調整(蒸散冷却)
葉の気孔から水が蒸発することで、葉の温度が下がります。
蒸散は植物の“エアコン”のようなものです。
高温期に水ストレスがかかると、
・気孔が閉じる
・蒸散が止まる
・葉が高温でダメージを受ける
という悪循環が起きます。
根からの吸水 ― 水はどうやって吸い上げられるのか
水の吸収は、根の「根毛」が担っています。根毛は土粒子に密着しており、土壌中の水分を細胞内に取り込みます。
吸水のポイントは以下の通りです。
● 水は“濃度差”で吸われる
根の内部と土壌の水分の間に濃度勾配があり、その差を利用して水が吸い込まれます。
● 蒸散が吸水の原動力
葉での蒸散が水を引っ張り上げる“ポンプ”になっています。
蒸散が弱い日(曇り・低温)は吸水も弱くなります。
土壌水分とpF値 ― 植物が吸える水・吸えない水
植物が吸える水は、土壌中の水の一部だけです。
土に含まれている水は大きく2種類に分かれます。
● 重力水(吸えない)
水やり直後にサラサラ流れ落ちる水。植物は吸収できません。
● 毛管水(吸える)
土粒子の隙間に保たれ、根が吸える水。これが最も重要です。
水の保持力を数値化したものがpF値です。
● pF1.5前後…水が多すぎ(過湿)
● pF2.5前後…植物が吸いやすい適湿
● pF3.5以上…乾燥ストレス
特に鉢栽培やハウス栽培では、このpF値の理解が“潅水の精度”を左右します。
過湿と根腐れ ― 水のやりすぎがなぜ致命的なのか
根腐れの最大原因は“根の呼吸ができなくなること”です。
土が濡れすぎると、土壌中の空気(酸素)が追い出され、
● 根が酸欠
● 呼吸ができない
● 組織が死ぬ
● 病原菌が繁殖しやすくなる
という状態になります。
水のやりすぎは、思っているよりはるかに危険です。
植物は乾燥にはある程度耐えますが、過湿にはほとんど耐えられません。
水ストレス ― 乾燥も植物に大きな影響を与える
乾燥が強くなると植物は気孔を閉じます。
気孔が閉じると…
● CO₂が入らない → 光合成低下
● 蒸散が止まる → 温度上昇
● 葉が萎れる
● 成長が止まる
乾燥ストレスは“光合成のブレーキ”になるため、長期間続くと生育不良につながります。
また、高糖度トマトでは“軽い水ストレス”を利用して糖度を高める技術がありますが、これは高度な管理が必要です。
過度になると生育が止まり、果実が硬くなったり割れたりします。
蒸散と気孔 ― 水の出入りをコントロールするセンサー
気孔の開閉は植物の生命活動の中心制御です。
● 光が当たる → 開く
● 暗い → 閉じる
● 乾燥 → 閉じる
● CO₂が増える → 閉じる
● 水が豊富 → 開く
気孔が開くと蒸散が活発になり、
● 吸水
● 冷却
● 光合成
がすべて正常に働きます。
気孔は植物の“呼吸口”であり、ここが閉じるとほぼ全ての生理機能が低下します。
栽培への応用 ― 水の理解が管理の質を変える
水分生理を理解すると、潅水判断が論理的になります。
● 朝の蒸散が始まる前に適度に潅水
● 夕方の潅水は極力避け、夜間の過湿を防ぐ
● 活着期は乾燥させすぎない
● 果実肥大期はやや潤わせて肥大を促進
● 夏期は蒸散を助けるために水分と根の健全性を維持
● 過湿は最大の敵
● pF計・土壌水分センサーを使うと精度が上がる
水は植物の生命線であり、管理の巧拙がもっとも表れやすいポイントでもあります。
まとめ― 水を制する者は栽培を制す
植物は水で生き、水で形づくられ、水で体温を調整し、水で養分を運んでいます。
その理解が深まるほど、潅水は“感覚”から“戦略”に変わります。
植物生理学の中でも水分生理は特に重要で、根腐れ・乾燥・蒸散・光合成・肥料吸収――すべてが水を中心に繋がっています。
水の動きを理解すると、あなたの栽培は確実に安定し、品質も向上します。
植物ホルモン ― 目に見えない“指令”の正体

植物は動物のように脳や神経を持っていません。それでも、光の方向に伸びたり、根を下に伸ばしたり、花を咲かせたり、葉を落としたりと、驚くほど精密なタイミングで体をコントロールしています。その“見えない司令塔”の役割を担っているのが植物ホルモンです。
植物ホルモンは、ごく微量で大きな作用をもたらす「情報物質」です。各部の細胞で合成され、維管束などを通じて別の部位に運ばれ、その場所で「伸びろ」「休め」「花を咲かせろ」「葉を落とせ」など、さまざまな命令を出しています。
ここでは、栽培に直結する代表的なホルモンと、その働きをわかりやすく整理していきます。
植物ホルモンの基本 ― 少量で大きな仕事をする“メッセンジャー”
植物ホルモンにはいくつもの種類がありますが、まずは「基本の5つ」を押さえておけば十分です。
- オーキシン
- サイトカイニン
- ジベレリン
- アブシシン酸(ABA)
- エチレン
これらは互いにバランスを取りながら働き、「どこを伸ばすか」「いつ休むか」「いつ花を咲かせるか」といった生育全体の方向性を決めています。
オーキシン ― 伸びる力と“頂芽優勢”
オーキシンは、茎の先端(頂芽)で多く作られるホルモンです。
主な働きは、
- 細胞を伸長させる(茎を伸ばす)
- 頂芽優勢(先端が強く伸び、わき芽を抑える)
- 根の形成を促す
などです。
トマト栽培で「主枝を伸ばし、不要なわき芽をかく」ことが大切なのは、この頂芽優勢をうまく利用しているからです。頂芽が元気なうちはオーキシンが多く作られ、下のわき芽の成長が抑えられます。頂芽を摘心すると、オーキシンの支配が弱まり、側枝が動き出します。
また、挿し木をするとき、発根を促すホルモン剤として“オーキシン系”薬剤が使われるのも、この性質によるものです。
サイトカイニン ― 分裂を促し、“若さ”を保つホルモン
サイトカイニンは、主に根で作られ、茎や葉へ運ばれるホルモンです。
- 細胞分裂を促す
- わき芽の成長を促進する
- 葉の老化を遅らせる
といった働きがあります。
オーキシンが「先端を伸ばして支配を強める方向」に働くのに対し、サイトカイニンは「側枝・わき芽を伸ばし、枝分かれを増やす方向」に働きます。
このオーキシンとサイトカイニンのバランスで、樹形が大きく変わります。
根が健全でよく伸びている株はサイトカイニンの供給も安定し、葉の色艶が良く、茎も太く締まってきます。逆に、根傷みがある株ではサイトカイニンが減り、葉が急に老け込むように黄色くなることがあります。
ジベレリン ― 伸長成長と開花・種子発芽のスイッチ
ジベレリンは、植物を“ぐっと伸ばす”力を持つホルモンです。
- 茎の伸長を促進
- 種子の休眠打破(発芽を促す)
- 一部作物では花芽形成や結実にも関与
イネの「馬鹿苗病」を研究する過程で発見されたホルモンで、これが過剰になると極端な徒長が起きてしまいます。
果樹やブドウ栽培では、ジベレリン処理によって種なし化や着粒数の調整などが行われています。一般的な農家がジベレリン単独を直接扱う機会は少ないですが、「伸びすぎ」「節間が間延びする」などの状態の裏側には、このジベレリンと環境条件(光・温度・窒素肥料)の相互作用があります。
アブシシン酸(ABA) ― ストレスに備え、“ブレーキ”をかけるホルモン
アブシシン酸は、植物にとって「ブレーキ役」といえるホルモンです。
- 気孔を閉じて乾燥から身を守る
- 種子の休眠を維持する
- ストレス時に成長を抑えて生存を優先する
水ストレスがかかると、根でABAが増え、それが葉に運ばれて気孔を閉じさせます。これは第4章でお話しした「乾燥で気孔が閉じる」メカニズムの一部です。
ABAは“非常時モード”を発動するホルモンとも言えます。
乾燥や塩ストレス、低温など、厳しい環境条件のもとで植物を生き残らせるためのスイッチとして働いています。
エチレン ― 熟れさせ、老化させ、落とすホルモン
エチレンは唯一「気体」で働くホルモンです。
- 果実の成熟(追熟)
- 葉や果実の脱落(落葉・落果)
- 老化の促進
- ストレス反応の誘導
バナナやリンゴを一緒にしておくと熟しやすいのは、果実から放出されるエチレンの作用です。
トマトもエチレンによって熟度が進みますが、強すぎると軟化が早まったり、日持ちが低下したりします。
また、風害や病害虫などのストレスを受けるとエチレンが増え、葉の黄化・落葉が促進されることがあります。収量低下の裏には、こうしたホルモンの暴走が潜んでいる場合もあります。
ホルモンバランスと栽培管理
実際の植物体内では、これらのホルモンが単独で働くことはほとんどなく、常にバランスの中で作用しています。
- オーキシンが強い → 頂芽優勢・わき芽抑制
- サイトカイニンが強い → わき芽が動く・分枝が増える
- ジベレリンが強い → 徒長しやすい
- ABA・エチレンが強い → 成長停止・老化・落葉
栽培現場では、
- 摘心や剪定でホルモンの流れを変える
- 窒素過多を避けて徒長を防ぐ
- 根を健全に保ってサイトカイニンをしっかり供給する
- 乾燥ストレスや高温ストレスを軽減し、ABA・エチレン過多を防ぐ
といった管理が、ホルモンバランスを整えることにつながります。
まとめ ― ホルモンを知ると“なぜこの作業をするのか”が見えてくる
植物ホルモンの働きを知ると、日頃の作業の意味が一段と深く理解できるようになります。
- なぜ摘心すると株の性格が変わるのか
- なぜ根傷みすると一気に老化するのか
- なぜ高温・乾燥・ストレスで落葉・落果が増えるのか
その背後には、必ずホルモンの変化があります。
ホルモンの世界は目に見えませんが、「伸び方」「葉の色」「わき芽の動き」「果実の付き方」といった形で、確実にサインとして現れてきます。
そのサインを読み解けるようになることが、植物生理学を学ぶ大きな価値のひとつです。
次回に続きます。


